朝の目覚めは、波の音とともに
カーテンを開けると、視界いっぱいに海が広がっていた。
陸地はどこにも見えない。
昨夜眠りにつく前まで基隆の夜景が見えていたのに、今はただ青い水平線だけが続いている。
この日は寄港地のない「シーデイ」、一日中船の上で過ごす日だ。
最初は「一日中船の中で何をするんだろう」と少し心配していたが、それが杞憂もいいところだったと気づくのは、まだこの時点ではわからなかった。
6歳の長女と4歳の次女はすでに目を覚ましており、「今日はどこに行くの?」と聞いてくる。
「今日はずっとお船の中だよ」
と答えると、一瞬きょとんとした顔をしたが、「じゃあプール!」「キッズクラブ!」とすぐに切り替えるのが子どもの素晴らしいところだ。
朝食はビュッフェレストランへ。
すでに多くの乗客が思い思いのスタイルで朝食を楽しんでいる。
卵料理、フルーツ、パン、シリアル、アジア料理と選択肢は豊富で、娘たちはパンケーキとフルーツを山盛りにして大満足の様子。
大人はコーヒーを片手に、船内新聞を見て今日の予定を話し合う。
船のスケジュールには様々なアクティビティが並んでおり、全部参加しようとしたら到底時間が足りない。
贅沢な悩みだ。
イルカとの奇跡の出会い
朝食を終えて向かったのは、デッキ5にあるランニングデッキ。
船の外周をぐるりと一周できる開放的なスペースで、朝の爽やかな海風を感じながら走ることができる。
健康的な船旅の始め方として家族4人でジョギングすることにした。
4歳の次女にはさすがに少しハードかと思ったが、「Let's go!」と張り切っている。
潮風が頬を撫で、波しぶきが遠くに見え、気持ちのいい朝だ。
船がゆっくりと進む中、周囲は360度どこを見渡しても海だけ。
この開放感は陸上では絶対に味わえない。
次女のAoiが「イルカいないの?。」と聞くので、「そんな簡単には見られないよ。」と言った途端。Aoiが
「イルカだ!」
目を凝らすと、本当に水面を切るようにいくつもの背びれが現れては消えている。
娘たちも柵に駆け寄って海を見下ろす。
そこには10頭以上のイルカの群れが船と並走するように泳いでいた。
波間に跳ねては潜り、また跳ね上がる。太陽の光を受けてその体がきらりと光る。
「すごい!かわいい!」と次女が叫び、長女は「追いかけてる!お船を追いかけてるの?」と興奮気味に聞いてくる。
ジョギングどころではなく、家族全員で欄干にへばりつくようにしてイルカの群れを見守った。
イルカたちは5分ほど船と並走した後、静かに海の中へ消えていった。
子どもたちは「またくるかな?」としばらくの間海を見つめていた。
シーデイの朝、船出して早々にこんな素晴らしい出会いがあるとは。
クルーズ旅早々のご褒美をもらったような気分だった。
子どもたちはキッズクラブへ、大人は自由時間
イルカの感動も冷めやらぬまま、午前中はキッズクラブへ子どもたちを預けることにした。
乗船初日に登録を済ませていたおかげで、この日はスムーズに入室できる。
スタッフの方が笑顔で出迎えてくれ、長女も次女もあっという間に他の子どもたちの輪に溶け込んでいった。
「じゃあ後でね」と声をかけると、もうすでに振り返らずに遊びに夢中になっている。
親としては少し寂しいような、でもたくましくて嬉しいような、複雑な気持ちだ。
さて、子どもを預けた後の大人時間。
クルーズ旅においてキッズクラブの存在は本当にありがたい。
普段の旅行では子どものペースに合わせることが多い分、こうして大人だけの時間が確保できるのはとても貴重だ。
向かったのは船内の寿司レストランのシェフが講師となって開催される「寿司教室」だ。
実演を交えながら寿司の基本を教えてくれるというイベントで、スケジュール表を見た時から気になっていた。
会場に入ると、すでに数十人の参加者が集まっていた。欧米系の乗客が多く、みなシェフの手元を興味深そうに覗き込んでいる。
シェフは英語で説明しながら、簀巻きの上にラップを広げその上にシャリを広げ、海苔とネタを乗せて巻いていく。
日本人が初めて見たら、「なんじゃこりゃ!」とびっくりするだろう。
日本のすしざんまいの寿司教室で習った、我々日本人が想像する寿司とは全く違っていて、見ているだけでも面白い。最後に七味唐辛子を掛けるのが海外の海苔巻きの定番だ。
確かに、海外で売られている巻き寿司は海苔を内側に巻いて見えないようにしているので、こんな巻き方になるのだろう。
和やかな雰囲気の中で異国の地の船の上で、思いも寄らないような形に変化して日本食文化が広がっていく光景がなんとも不思議で面白かった。
寿司教室の後は、いよいよプールタイムだ。
ノルウェージャン・サンには大人向けのプールエリアもあり、子どもたちをキッズクラブに預けているこの時間を活かして、夫婦ふたりでゆったりと楽しむことにした。
デッキチェアに腰を下ろし、青い海を眺めながらドリンクを一杯。波の揺れに合わせてプールの水面がゆらゆらと揺れている。
「普段こんなにゆっくりすることってないよね」と妻がつぶやいた。
その通りだ。小さな子どもが2人いると、家での休日も何かと慌ただしい。
こうして大人ふたりで何も気にせずただ海を眺める時間は、本当に久しぶりな気がした。
プールに入ったり、デッキチェアで日光浴をしたりしながら、気づけばあっという間に2時間が過ぎていた。
午後は家族みんなでキッズプールへ
お昼にキッズクラブへ娘たちを迎えに行くと、ふたりとも「もっと遊びたかった!」と名残惜しそうにしていた。
それだけ楽しかったということなので、親としては大満足だ。
昼食はビュッフェで軽めに済ませ、午後は家族全員でキッズプールエリアへ向かった。
キッズ用のプールは浅めに設計されており、4歳の次女でも安心して遊べる深さだ。
小さな滑り台もあって、娘たちは交互に何度も滑っては「もう一回!」と繰り返している。
水しぶきを上げて大はしゃぎの様子を見て、こちらまで自然と笑顔になってしまう。
プールで遊んでいると、同じくらいの年齢の子どもたちも次々とやってきて、気づけば娘たちはすっかり仲良くなっていた。
子ども同士は遊びを通じてすぐに打ち解けてしまうのが不思議で微笑ましい。
そして、この日の娘たちのお気に入りがもう一つ。
船内で無料で提供されているソフトクリームだ。
バニラとチョコのミックスをプールサイドのベンチに腰かけてうれしそうに食べている姿は、まさにバカンスの絵そのものだった。
「また食べていい?」ともちろん即答でリクエストが来て、結局この日だけで娘たちはアイスクリームを何度おかわりしたことか。
無料だからといって食べすぎてしまいそうになるのは大人も同じで、私もつい2本いただいてしまった。
夕暮れの甲板と、夜のメインダイニング
夕方になると日が傾き、海の色が金色に変わっていった。
デッキから眺める夕焼けは言葉を失うほど美しく、水平線がオレンジとピンクに染まっていく様は、まるで絵画のようだ。
娘たちも「きれいだね」と静かに見入っていた。
いつもはうるさいくらいにはしゃいでいるふたりが、夕日の前では静かになる。
自然の圧倒的な美しさは、年齢を問わないものだと感じた瞬間だった。
日が沈む頃、私たちはメインダイニングへと向かった。
ノルウェージャンのフリースタイルダイニングは時間の縛りがないので、娘たちの機嫌やその日の疲れ具合に合わせて食事のタイミングを決められるのが本当にありがたい。
ドレスコードもないため、日中の格好のまま気軽に入れるのもファミリー旅行には嬉しいポイントだ。
この日のディナーも充実していた。
前菜からデザートまで、本格的なコース料理を家族でゆっくりと楽しむ。
長女はエビが気に入ったようで「これおいしい!」と何度も言いながらパクパクと食べている。
次女はメインのチキンを半分ほど食べたところで「もうおなかいっぱい」と言い出し、その後デザートのチョコレートアイスはしっかり完食するというしっかりっぷりを発揮。
子どもたちのそういった様子を見ながら食べる食事は、料理そのもの以上においしく感じる。
マジックショーで大興奮のフィナーレ
夕食の後、この日最後のお楽しみが待っていた。
船内シアターで開催されるマジックショーだ。
事前にスケジュール表で見つけた時から娘たちに伝えていたため、「マジックショー!マジックショー!」と夕食の間中ずっとリマインドされていた。
シアターに入ると、ステージを囲む形で客席が広がり、すでに多くの乗客が席を埋めている。娘たちはステージがよく見える前方の席に陣取り、開演を今か今かと待ち構えた。
ショーが始まると、マジシャンの圧倒的な存在感に会場全体が引き込まれていった。
布をかぶせた物体が瞬時に消えたり、観客の中から選ばれた人がステージに上がって不思議な体験をしたり。
娘たちは「えっ!なんで!?」と目を丸くしながら、その度に隣の私の腕をぎゅっと掴んでくる。
クライマックスの大技では会場中から歓声と拍手が上がった。
洗練されたパフォーマンスと絶妙なトーク、そして観客を巻き込む演出で、大人も子どもも関係なく全員が夢中になっていた。
こんな本格的なエンターテインメントが船の上で毎晩楽しめるとは、クルーズ旅の奥深さを改めて感じた。
ショーの後、マジシャンが写真撮影に応じてくれていた。
娘たちは「写真撮りたい!」と一目散に駆け寄り、マジシャンも笑顔で応じてくれた。
6歳の長女は少し照れながらも嬉しそうに並び、4歳の次女はまったく遠慮することなく前に出ていく。
この度胸の差がふたりの性格をよく表していて、写真を見返すたびに笑ってしまう。
きっと何年経っても覚えている、素敵な思い出になるだろう。
一日では足りない、それがクルーズ
部屋に戻り、娘たちを寝かしつけながら今日一日を振り返ってみる。
朝のジョギング、イルカとの出会い、寿司教室、大人だけのプールタイム、キッズクラブ、キッズプールでのアイスクリーム、夕焼けのデッキ、メインダイニングでのディナー、そしてマジックショー。
これだけのことが全部、一日の出来事だ。
正直に言うと、やりたいことはまだまだあった。
夜のデッキバーでゆっくりしたかったし、他のレストランも試してみたかった。
スケジュール表に載っていたクイズ大会やダンスレッスンも気になっていた。
一日24時間では、とても足りないのだ。
それがクルーズ旅の醍醐味なのかもしれない。
やりたいことが常に溢れていて、選ぶことの贅沢さがある。
船という限られた空間の中に、無限とも思えるほどの楽しみが詰まっている。
波の音を子守唄に、娘たちはあっという間に眠りに落ちた。
明日は寄港地の香港への上陸。また新しい一日が待っている。

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