暗闇の中、静かに近づく光の海
クルーズ3日目の朝は、いつもより早く目が覚めた。時計を見ると、まだ午前5時過ぎ。
窓の外はまだ暗いが、何か特別な気配を感じて、そっとカーテンを開けてみると——目の前に広がっていたのは、まさに「100万ドルの香港の夜景」そのものだった。
ビル群が放つ無数の光が、まるで宝石箱をひっくり返したように海面に映り込んでいる。
船はゆっくりと、静かに、その光の海の中を進んでいく。ハーバーに入港する瞬間を、こんなにも美しい形で迎えられるなんて。
まだ眠っている子どもたちを起こそうか迷ったが、この静寂な美しさを独り占めしたい気持ちもあって、しばらく一人で窓辺に座り込んでしまった。
やがて空が白み始め、香港の街が少しずつ朝の顔を見せ始める。ビルの輪郭がはっきりしてくると、改めてこの街の巨大さと密度の高さに圧倒される。昨日まで見ていた果てしない海の風景とは、まるで別世界だ。
初めての香港、家族の冒険が始まる
朝食を済ませ、いよいよ下船の準備。
パパも子どもたちも、初めての香港ということで、朝からテンションが高い。
「ママ、香港って中国語なの?英語なの?」
「両方使われてるよ。看板とか、漢字と英語が両方書いてあるの、見られると思うよ」
「へぇー!じゃあ、ニーハオって言えばいいの?」
子どもたちの質問攻めを受けながら、下船の列に並ぶ。クルーズカードをスキャンして、いざ、香港の街へ。
ターミナルを出ると、目の前に広がる香港の街並みに、家族みんなが「わぁ!」と声を上げた。高層ビルが立ち並び、看板には漢字と英語が混在し、人々が行き交う様子は、まさに「アジアの大都会」という言葉がぴったり。
ポップオンポップオフバスで香港周遊
今日の観光手段は、「ポップオンポップオフバス」。
これは、主要な観光スポットを巡回している2階建てのオープントップバスで、好きな場所で乗り降りできるという便利なシステム。初めての街を効率よく見て回るには最適だ。
クルーズターミナルから出発するバスの2階の最後列を確保。オープントップから見る香港の街は、また格別だった。
ビルの谷間を風を切って進んでいくバス。子どもたちは大興奮で、「見て見て!あのビル超高い!」と、ずっとはしゃぎっぱなし。
パパも「すごいなぁ、この街の活気」と、目を輝かせている。
バスは九龍半島を北上し、尖沙咀エリアへ。ネイザンロードの喧騒、ショッピングモールの華やかさ、そして何より、この街に住む人々のエネルギーを肌で感じながら、私たちは香港という街に少しずつ馴染んでいった。
九龍公園でひと休み
「次、九龍公園で降りようか」
子どもたちもそろそろじっとしているのに飽きてきた様子だったので、公園で遊ばせることに。九龍公園は、都会のど真ん中にあるとは思えないほど緑豊かな憩いの場所だった。
公園に入ると、太極拳をしているお年寄りのグループや、ジョギングをしている人たち、そしてベンチで新聞を読んでいる人など、香港の人々の日常が垣間見える。
「ママ見て!あそこに遊具がある!」
子どもたちは早速、遊具エリアへ一直線。香港の子どもたちも遊んでいて、言葉は通じないけれど、すぐに一緒に遊び始めた。子どもって本当にすごい。言葉の壁なんて、一瞬で飛び越えてしまう。
パパと私はベンチに座って、しばし休憩。噴水の音を聞きながら、冷たい飲み物を飲む。都会の喧騒から少し離れた、この静かな時間が心地よい。
「いい街だね、香港」
パパがぽつりと言う。
「うん、また来たいね、今度はもっとゆっくり」
子どもたちが「もっと遊びたい!」と言うのを説得して、そろそろ船に戻る時間だということを伝える。時計を見ると、14時過ぎ。帰船時間は17時だから、まだ余裕がある——そのはずだった。
まさかのハラハラ帰船劇
「さて、バス停はどこかな」
公園を出て、来た道を戻ろうとしたのだが、これが思いのほか難航した。スマホの地図を見ながら歩くが、なぜかバス停がない。
「あれ?確かこの辺にあったはずなんだけど…」
一本道を間違えたのか、それとも記憶違いか。焦りながらも、とりあえず大通りを目指して歩く。香港の街は、思った以上に複雑だ。ビルとビルの間を抜け、階段を上り下りし、横断歩道を渡り——気づけば30分が経過していた。
「ママ、大丈夫?」
子どもが心配そうに見上げてくる。
「大丈夫よ、すぐ見つかるから」
そう言いながらも、内心はかなり焦り始めていた。時計は15時を回っている。
やっとの思いで、それらしきバス停を発見。しかし、よく見ると、ここは別の路線のバス停だった。周りにいた地元の人に尋ねてみるが、英語が通じず、身振り手振りでのコミュニケーション。なんとか「この先を左」というジェスチャーをもらい、再び歩き出す。
汗だくになりながら、ようやく目的のバス停を発見したのは、15時30分。
「やった!あった!」
家族で喜び合うが、次の問題が発生。バスが、来ない。
バス停の時刻表を見ると、「10-15分間隔」とある。最初の5分は余裕で待てた。でも10分経ち、15分経ち——時計は15時50分を指している。
「ねぇ、本当にバス来るの?」
子どもが不安そうに聞いてくる。
「来るよ、大丈夫」
そう答えながらも、私とパパは顔を見合わせた。もしこのまま来なかったら、タクシーを拾うしかない。でも、この交通量の多い場所で、果たしてすぐにタクシーは捕まるのか。そもそも、港への道順をちゃんと説明できるのか。
16時。船の出航は17時30分だが、帰船の最終時刻は17時。つまり、残り1時間しかない。
「来た!!!」
パパの声に、みんなが振り返る。確かに、あのオープントップの2階建てバスが、こちらに向かってくる。
バスに飛び乗り、2階席に駆け上がる。座席に座った瞬間、家族みんなが大きなため息をついた。
「よかったぁ…」
バスは香港の街を抜けて、ビクトリア・ハーバー沿いを走る。夕方に近づき、少し傾いた太陽の光が、海面をキラキラと照らしている。朝見た景色とはまた違う、柔らかな光に包まれた香港の街。
「きれいだね」
子どもが呟く。
ハラハラドキドキの午後だったけれど、こうして無事にバスに乗れて、この景色を見られて——なんだか、それも含めて良い思い出になりそうな気がした。
滑り込みセーフ!
ターミナルが見えてきたのは、16時40分。バスを降りて、急ぎ足で船に向かう。
クルーズカードをスキャンして、乗船口へ。スタッフの「Welcome back!」の声に、心の底からホッとする。
キャビンに戻って時計を見ると、16時45分。15分前に滑り込みセーフだった。
「いやー、間に合ってよかった」
パパがソファに座り込む。
「本当にね。もうドキドキしちゃった」
子どもたちは、すでにそんな緊張を忘れて、「今日楽しかったね!また公園行きたい!」と、早くも次の香港訪問を計画している。
3日目を振り返って
デッキに出ると、船はゆっくりと香港を離れようとしていた。夕暮れ時の香港の街並みが、少しずつ遠ざかっていく。
100万ドルの夜景と共に迎えた朝。
初めての香港の街を巡ったポップオンポップオフバス。
九龍公園での穏やかな時間。
そして、まさかのハラハラ帰船劇。
いろんなことがあった3日目だったけれど、それこそが旅の醍醐味。計画通りに全てが進むことなんて、ないのだ。むしろ、予期せぬハプニングがあるからこそ、その旅は記憶に残る。
「ママ、明日はどこに行くの?」
子どもが聞いてくる。
「明日はね、また海の上だよ。シーデイ」
「やったー!プール入れる!」
そうだ、明日はまた船の上。ゆっくりとした時間が流れる海の上で、今日の興奮を反芻しながら、次の寄港地に思いを馳せる。
香港の街の灯りが、少しずつ小さくなっていく。
「また来ようね、香港」
パパが呟く。
「うん、次はもっとゆっくりと」
私はそう答えながら、心の中で付け加える。
「次は、ちゃんとバス停の場所を覚えておこう」
家族みんなで笑い合いながら、私たちは香港に別れを告げた。
明日からの航海が、また楽しみだ。
クルーズ旅3日目 香港寄港編、完
次回は、シーデイ再び。船上でのんびり過ごす4日目の様子をお届けします。お楽しみに!

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