
はじめに:教育の常識が揺らぐ時代
「学校に通わせないなんて、子どもの将来が心配じゃないの?」
多くの日本の親御さんなら、こう思うかもしれません。しかし今、アメリカやイギリスをはじめとする海外では、学校に通わせないことを「積極的に選択する」家庭が急増しています。
しかもそれは、不登校や問題からの逃避ではありません。
「学校よりも優れた教育」を子どもに提供するための、確信に満ちた選択なのです。
この教育スタイルは「アンスクーリング(Unschooling)」と呼ばれ、1970年代にアメリカの教育思想家ジョン・ホルトによって提唱されました。
そして今、約半世紀を経て、その考え方が静かに、しかし確実に世界中に広がりつつあります。
本記事では、最新のデータと研究をもとに、アンスクーリングとは何か、なぜ海外で支持されているのか、そして学校教育と比べて何が優れているのかを徹底解説します。
アンスクーリングとは何か?
定義:学びの完全な自由
アンスクーリングとは、子どもの自然な好奇心と興味に完全に委ねる教育哲学です。
従来のホームスクーリングが「家で学校のカリキュラムを実施する」のに対し、アンスクーリングはカリキュラムそのものを否定します。
具体的には:
- 時間割なし:9時から国語、10時から算数、といったスケジュールは存在しない
- テストなし:知識の定着を測る試験はない
- 強制なし:親は「今日は数学を勉強しなさい」とは決して言わない
- 子どもが主導:何を、いつ、どのように学ぶかは、すべて子ども自身が決める
例えば、料理に夢中になった8歳の子どもがいたとします。
従来の学校では、家庭科の時間に決められたメニューを作り、すぐ次の単元に進みます。
しかしアンスクーリングでは、その子が満足するまで料理の世界を探求します。
レシピを読み、食材を買いに行き、実際に調理し、家族に振る舞い、世界各国の料理を研究し...その過程で、自然と読解力、算数(分量の計算)、化学(調理の科学)、地理(食文化)、経済(予算管理)、栄養学、歴史(料理の起源)など、あらゆる学問が統合的に学ばれるのです。
ホルトの思想:学校は学びを殺す
ジョン・ホルトは教師として学校現場で働く中で、衝撃的な発見をしました。
学校という場所が、子どもたちの生来の学習意欲を組織的に破壊しているという事実です。
彼の著書『How Children Fail(子どもたちは失敗する)』(1964年)で、ホルトは指摘します:
- 子どもたちは失敗を恐れるあまり、学ぶことをやめる
- テストのために学ぶことで、学びそのものへの興味を失う
- 競争と比較が、協力と探求を阻害する
- 大人が設計したカリキュラムが、子どもの自然な好奇心を無視する
ホルトは結論づけました。問題は子どもではなく、学校というシステムそのものにある。
そして、最良の学習環境は「生活そのもの」であると。
海外での広がり:数字が語る静かな革命
急増する実践者数
現在、アメリカには約370万人のホームスクーラーがおり、そのうち推定13%、約48万人がアンスクーリングを実践しています。
さらに注目すべきは、その増加ペースです:
- 2019年(COVID前):250万人のホームスクーラー
- 2020年(COVID期):9%まで急増
- 2024年現在:370万人(6.73%)で高水準維持
COVID-19は多くの親に「学校以外の学び」を体験する機会を与えました。
そして驚くべきことに、多くの家庭がパンデミック終息後も学校に戻さない選択をしたのです。
これは、学校教育への構造的な不信感と、ホームスクーリング・アンスクーリングの優位性を実感したことを意味します。
イギリスでも状況は同様です。2024年秋学期時点で111,700人がホームスクーリングを実践し、前年比で約20,000人増加。
過去7-8年で急激に増加しており、この傾向は今後も続くと予測されています。
誰がアンスクーリングを選んでいるのか?
従来、ホームスクーリングは「福音派キリスト教徒の宗教的選択」というイメージがありました。しかし、現在は様相が一変しています。
現代のアンスクーラーの特徴:
- 高学歴・高所得層:親の34%が年収10万ドル以上(約1,500万円)
- 専門職:教師、医師、エンジニア、起業家など
- 都市部在住:かつては田舎で自然の中で学ぶのが中心だったが、今は都市でも実践可能
- 世俗的:宗教的理由は全体の53%にとどまり、教育哲学が主な動機
- 多様なバックグラウンド:人種・民族の多様化が進行中
つまり、教育に深い関心を持ち、十分な経済力と知的リソースを持つ親たちが、熟慮の上でアンスクーリングを選んでいるのです。
これは決して「学校についていけない」「問題から逃げる」という消極的選択ではありません。
なぜ親たちはアンスクーリングを選ぶのか?
データが示す明確な動機
アメリカの最新調査(2022-23年)によると、ホームスクーリングを選ぶ理由のトップ5は:
- 学校環境への懸念(83%):安全性、いじめ、ネガティブな影響への懸念
- 道徳教育の提供(75%):家族の価値観を教育に組み込みたい
- 家族生活の重視(72%):家族の絆を強め、より多くの時間を共有したい
- 学業指導への不満(72%):学校より優れた教育を提供できると信じている
- 宗教教育の提供(53%):特定の信仰や価値観を教えたい
注目すべきは、「子どもの特別なニーズ」(21%)や「健康問題」(15%)といった消極的理由が少数派であることです。
圧倒的多数が、より良い教育への積極的な追求を理由に挙げています。
アンスクーリング実践者の声
実際にアンスクーリングを実践する親たちは、こう語ります:
「学校は子どもの時間を奪う」
「息子は恐竜に夢中です。学校に行けば、恐竜に興味があっても、時間割に従って算数や国語をやらされます。でも家では、恐竜について調べる中で自然に読み書きを学び、恐竜のサイズ比較で算数を学び、生息地の研究で地理を学んでいます。すべてが意味のある、生きた学びです」
「テストが学びを殺す」
「娘は以前、学校でテストのストレスから学ぶことを嫌うようになりました。でもアンスクーリングを始めて1年、今では図書館から週に10冊も本を借りてきます。評価される恐怖がないと、学びは純粋な喜びになるんです」
「個性が尊重される」
「息子は朝型ではありません。学校では午前8時に集中しろと言われますが、彼の脳は午後にピークを迎えます。アンスクーリングでは、彼のリズムで学べます。これが本来の姿だと思います」
アンスクーリングが学校教育より優れている理由
1. 本物の学習意欲を育てる
学校教育の最大の問題は、外発的動機に依存していることです。
「テストで良い点を取るため」
「先生に褒められるため」
「親に叱られないため」
に勉強する子どもたちは、本当の意味で学んでいません。
対照的に、アンスクーリングは内発的動機を育てます。
子どもは「知りたいから」「面白いから」「役立つから」学びます。この違いは決定的です。
神経科学の研究は、内発的動機による学習が:
- 記憶の定着率が高い(興味があることは忘れない)
- 深い理解につながる(表面的な暗記ではなく本質を理解)
- 応用力が育つ(知識を新しい文脈で使える)
- 生涯学習者になる(学ぶこと自体が喜びになる)
ことを示しています。
2. 個別最適化された学習
学校教育は「平均的な子ども」を前提に設計されています。
しかし現実には、平均的な子どもなど存在しません。
すべての子どもが異なるペース、異なる興味、異なる学習スタイルを持っています。
画一的教育の問題:
- 理解が早い子は退屈し、学習意欲を失う
- 理解に時間がかかる子は置いていかれ、自信を失う
- 興味のない科目を強制され、学びが苦痛になる
- 学習スタイル(視覚型、聴覚型、体験型など)が無視される
アンスクーリングの利点:
- 子ども一人ひとりのペースで進める
- 興味のある分野を深く探求できる
- 得意を伸ばし、苦手は焦らず取り組める
- 多様な学習方法を自由に選べる
ハーバード大学のトッド・ローズ教授は著書『平均思考は捨てなさい』で、「一人ひとりの個性に合わせた教育こそが、すべての子どもの可能性を最大化する」と述べています。
アンスクーリングは、まさにこの理想を実現しているのです。
3. 統合的・文脈的学習
学校では、知識は科目ごとに分断されています。
9時から10時は国語、10時から11時は算数、11時から12時は理科...しかし現実世界では、問題は科目別に存在しません。
アンスクーリングの学びは、常に統合的です:
例:子どもがパン作りに興味を持った場合
- 化学:イーストの発酵、グルテンの形成
- 数学:材料の計量、比率の計算、時間管理
- 物理:熱伝導、オーブンの温度
- 生物学:酵母の生態
- 歴史:パンの歴史、文化における役割
- 経済:材料費の計算、ビジネスとしてのベーカリー
- 読解力:レシピの理解、専門書の読解
- 社会性:家族や友人と共有、他のパン職人とのコミュニティ
このように、一つの興味から、すべての学問が有機的につながるのです。
これは断片的な学校教育では決して実現できない、深く統合された理解です。
4. 失敗を恐れない環境
学校教育の隠れたカリキュラムは「失敗の恐怖」です。
テスト、成績、比較、評価...子どもたちは常に「間違えてはいけない」というプレッシャーにさらされています。
研究によると、アメリカの子どもの40%がテスト不安を経験し、学業ストレスが鬱、睡眠障害、さらには薬物使用にまでつながっています。
これは学習環境として健全ではありません。
アンスクーリングでは:
- 試行錯誤が奨励される
- 「わからない」と言える安全な環境
- 失敗は学びの一部として受け入れられる
- 他人との比較がない
イノベーション研究が示すように、創造性と問題解決能力は、失敗を恐れない環境でこそ育つのです。
5. 本物の社会性
「学校に行かないと、社会性が育たないのでは?」これは最もよくある懸念です。
しかしデータは逆を示しています。
アンスクーラーの社会活動:
- 平均5.2の課外活動に参加(週に5つ)
- スポーツチーム、音楽教室、ボランティア、習い事、地域活動など
- 多様な年齢層と交流(学校は同年齢集団に限定される)
- 実社会での人間関係を築く
むしろ問題なのは、学校が提供する「人工的な社会性」です:
- 同じ年齢の子どもだけとの交流
- 大人が設定したルールの中での関係
- 限定された役割(生徒として)
- 競争が支配する環境
対照的に、アンスクーラーは実社会の多様な人々(年上、年下、大人、専門家、異なる背景の人々)と自然に交流し、より豊かで実用的な社会性を身につけるのです。
6. 家族の絆の強化
現代社会では、親子が一緒に過ごす質の高い時間が驚くほど少なくなっています。
学校、塾、習い事、仕事...家族が顔を合わせるのは夕食の短い時間だけ、という家庭も珍しくありません。
アンスクーリングを選んだ親の72%が「家族生活の重視」を理由に挙げています。彼らは報告します:
- 親子の対話が劇的に増えた
- 互いの興味や考えを深く知るようになった
- 共同プロジェクトを通じて協力することを学んだ
- 家族としての価値観を共有できた
- ストレスが減り、家庭が平和になった
子ども時代に築かれる家族の絆は、生涯にわたる精神的基盤です。
アンスクーリングは、この貴重な関係性を育む時間を提供します。
7. 21世紀型スキルの習得
世界経済フォーラムが提唱する「21世紀に必要なスキル」には:
- 批判的思考
- 創造性
- コミュニケーション
- コラボレーション
- 適応力
- 生涯学習力
が含まれます。これらは従来の学校教育では育ちにくいスキルです。
なぜなら、学校は「正解を暗記し、再現する」ことを重視するからです。
アンスクーリングでは:
- 自分で問いを立て、答えを探す(批判的思考)
- 興味に基づいて独自のプロジェクトを創造する(創造性)
- 多様な人々と協力してプロジェクトを進める(コラボレーション)
- 予期せぬ状況に柔軟に対応する(適応力)
- 学ぶこと自体が習慣になる(生涯学習力)
これらは、AIが台頭する未来において、人間にしかできない能力です。
アンスクーリングの実際の成果
学業面
批判的な人は「自由に学んで、本当に学力がつくの?」と疑問に思うでしょう。
データはどうでしょうか?
ホームスクーラー全般の成績:
- 標準テストで公立校生徒より15-30%高い得点
- 大学進学率:66.7%(公立校:57.5%)
- 人種による学力格差が消失(学校では顕著な格差が存在)
アンスクーラー特有の調査(2013年・232家族)では:
- 親の83%が学習への情熱と意欲の向上を報告
- 自己主導的な学習習慣の確立
- 深い理解と応用力の獲得
重要なのは、これらの成果が「強制」や「恐怖」ではなく、純粋な興味と喜びを通じて達成されていることです。
大学・キャリア
「アンスクーリングの子は大学に行けるの?」という懸念もあります。実際には:
- 多くのアンスクーラーが名門大学に進学
- ハーバード、MIT、スタンフォードなどもホームスクーラーを積極的に受け入れ
- 独自のポートフォリオ、プロジェクト実績、情熱が評価される
- 「型にはまらない思考」を持つ人材として評価が高い
キャリア面では:
- 起業家、クリエイター、研究者など、独創的な職業に就く傾向
- 自己主導性と問題解決能力が高く評価される
- 生涯学習者として、常に新しいスキルを習得
著名なアンスクーラーには、音楽家、作家、起業家、科学者など、多様な分野で活躍する人々がいます。
心理的健康
最も重要な成果は、子どもたちの幸福度です。
アンスクーラーの親が報告する変化:
- ストレスと不安の劇的な減少
- 自己肯定感の向上
- 学ぶことへの純粋な喜び
- 家族関係の改善
- 心理的安全性の確保
学校起因のメンタルヘルス問題(テスト不安、いじめ、学校恐怖症など)から解放され、子どもたちは本来の自分を取り戻すのです。
ワールドスクーリング:アンスクーリングの進化形
アンスクーリングの思想をさらに発展させたのが「ワールドスクーリング」です。
これは世界中を旅しながらアンスクーリングを実践するスタイルで、近年急速に広がっています。
世界を教室に
ワールドスクーリングでは:
- マチュピチュの遺跡で歴史を学ぶ
- モンゴルの草原で遊牧民と生活し、生態系を理解する
- パリの美術館で芸術を体験する
- バリ島のビーチでサーフィンを学び、物理を実感する
- 世界中の子どもたちと友情を築き、多文化理解を深める
これは単なる観光ではありません。没入型学習です。
教科書で読むのではなく、実際にその場所に立ち、その文化に触れ、その言語を聞く。
この体験は、どんな学校教育も提供できない深い学びをもたらします。
グローバル市民の育成
ワールドスクーリングで育った子どもたちは:
- 複数の言語を自然に習得
- 文化的多様性を当たり前のものとして受け入れる
- 世界規模の視点で物事を考える
- 適応力と柔軟性が極めて高い
- 地球市民としての意識を持つ
これは、グローバル化が進む21世紀に最も必要な資質です。
日本への示唆:新しい選択肢として
日本では現在、不登校児童生徒数が過去最多を記録し続けています。
多くの場合、それは「学校に行けない」という消極的な状況です。
しかし、海外の事例は全く異なる視点を提供します。
アンスクーリングは、「学校に行かない」のではなく、「学校より優れた教育を積極的に選ぶ」という選択なのです。
日本で実践する課題
もちろん、日本でアンスクーリングを実践するには課題があります:
- 法的位置づけ:就学義務との関係
- 社会的認知:「学校に行かない=問題」という偏見
- リソース不足:日本語のアンスクーリング教材やコミュニティが限定的
- 受験制度:高校・大学進学の道筋
- 親の仕事:日本の労働文化との両立
しかし、これらは解決不可能ではありません。
実際、日本でもアンスクーリングを実践する家庭は存在し、独自のコミュニティを形成しつつあります。
提言:多様な学びの選択肢を
重要なのは、「学校 vs アンスクーリング」という二項対立ではありません。
すべての子どもに最適な教育形態は異なるということです。
ある子どもには学校が最適かもしれません。
別の子どもにはアンスクーリングが合っているかもしれません。
さらに別の子どもには、その中間(パートタイムホームスクーリング、マイクロスクールなど)が理想的かもしれません。
私たちに必要なのは、多様な学びの形を認め、支援する社会です。
おわりに:教育の未来
アンスクーリングは、単なる代替教育法ではありません。
それは教育とは何か、学びとは何かという根本的な問いを投げかけています。
- 教育の目的は、テストで良い点を取ることか、それとも好奇心と創造性を育てることか?
- 学びは、大人が設計したカリキュラムに従うことか、それとも子ども自身の興味を追求することか?
- 成功は、標準化されたテストで測れるのか、それとも一人ひとりが独自の道を歩むことか?
海外で広がるアンスクーリングの波は、これらの問いに対する一つの答えです。
そして多くの家族が、その答えに希望と可能性を見出しているのです。
日本でも、この新しい選択肢について、偏見なく、オープンに議論する時が来ています。
すべての子どもが、その子らしく、輝きながら学べる社会。それは決して夢物語ではありません。海外では、今まさに実現しつつあるのですから。
「学校に通わない」という選択が、実は「最高の教育を選ぶ」ことかもしれない。
その可能性を、私たちは真剣に考える必要があるのではないでしょうか。
参考文献
- ジョン・ホルト『How Children Learn』
- ピーター・グレイ『Free to Learn』
- 全米教育統計センター(NCES)最新データ
- 英国教育省統計
- 各種アンスクーリング研究論文
注記:
本記事は海外の事例を紹介するものであり、日本における実践を推奨または非推奨するものではありません。
教育の選択は、各家庭の状況、価値観、法的枠組みを総合的に考慮して行われるべきです。


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